薪割り
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作成日時 : 2007/10/20 21:41
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道草楽描〜その23[山里便り〜其の六]
春から夏にかけて、晴れた日の朝は30〜40分ほど薪を割りつづけ、今年の冬に備えた。
何かに備えてコツコツとモノを貯えるのは、生まれて始めての経験だった。
温暖な南の島生まれのワタシ・お気楽ヤドカリは、薪や食い物、ましてやお金など貯えるという感覚がまるで無い。というより、貯える必要がなく暮らせる環境なのであった。
生まれ育った奄美大島の加計呂麻(カケロマ)というところは、40年前の祖父母の時代まで、海の幸はチョイと潜れば貝やエビ、磯の岩場で竹棹たらせば1〜2時間で魚は幾らでも獲れたし、庭やちいさな畑には1〜2ヶ月食うに困らない野菜や芋のたぐいが年中実っていた。また年に2回穫れる米も、味噌もほとんど自家製でまかなっていたし、その全てをみんなで分け合って暮らしていた、そんな豊かな小さな村落だったのである。
ここ信州の山里は、冬ともなれば−8〜−10℃は当たり前、ときには−15℃に冷え込む日もある。暖冬といわれた去年の冬だが、南の島生まれのヤドカリにとってはとても寒く、11月から3月までの4〜5ヶ月間ほとんどの日々を、ワタシは薪ストーブの2m範囲内で暮らしていた。薪はタップリとあったのだが、だからといって薪をガンガン燃やし、蔵全体を暖める気にはなれなかったのだ。フィールドキャンプで焚き火のまわりで寝起きする感覚で、薪ストーブのまわりで暮らしていたのである。
刻一刻と秋色に染まりつつある山里の、遥か遠く 南アルプスの峰嶺に、今日、白い雪が降り積もっていた。
来月11月からまた、インドアなのにアウトドア の楽しい「薪ストーブの2m生活」が始まる。
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