父想う
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作成日時 : 2008/01/31 18:54
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道草楽描〜そのその32[海風〜其の四]
初場所に朝青龍が久々に復帰。相撲界のナントカ部屋のリンチ殺人事件のごたごたの矛先をウヤムヤにするため、ヤリ玉の憂き目をみせられた朝青龍がんばれ!くだらない巡業相撲ボイコットしてナニがいけないのだ!故郷モンゴルでサッカーあそんでナニが悪いのだ? 未来ある若者ひとり殴り殺しておいてよく言うよ相撲協会は!と、怒れるオオイチョウ朝青龍とキノコのオオイチョウをかけあわせて勝負させようと想っていたが、友人・蜂須賀氏の父上が1月7日にご逝去なされた。オオイチョウのハナシは次回以後に持ち越すとして、今回は蜂須賀氏と彼の父上に一枚の絵と言葉を捧げる。
父・初七日墓前●亡き父の体そのままを、この屋形(やぎょう・亡くなった人の仮住まい)の下に10年ばかり寝かせたあと、去年の春、掘り起こして骨をすべて拾い集め、砂浜の波打ち際で、真白い衣を着て兄とふたりで、父の骨のひとつひとつを慈しみながら白布で洗い清めた。頭骨以外は積みあげた薪にて荼毘に付し、母は父の頭骨を真綿に包んで胸に抱き、そして家族のみんなで2時間ばかり父の燃え往く姿を眺め黄泉の國へと見送った。
10年前の春3月、父を亡くした。
亡くなる3日前、病院のベット横で看病していたワタシに突然[墓]のことを頼んできた痩せ細った父に、「心配しなくていいよ。とーちゃんに、もしものコトがあったら、ぼくはあなたを火で焼かないよ。10年間 西阿室(ニシアムロ・父の生まれ故郷) の砂浜(墓地)に 寝かせてあげるから安心していいよ。10年 ぼくは懸命に生きるから、一緒に生きようね」と今生の最後の語り合いと想い、胸の内を告げた。「チャ〜そうしてね、そうしたら とーちゃん 安心じゃが」と 父はおおきな深呼吸をひとつして、静かに眼を閉じた。
その語り合いが 父との 最後の交わす言葉となった。
その後の10年の日々は、父との最後の会話のとおり、ともに生きる日々が続いた。あるときはわたしの手を取り筆を走らせ、ワタシの知らない文字や言葉を書き連ね多くの[教え]を伝えてきた。またあるときは[夢]の中でいくつかの教えを見せてくれたのだった。前記の「白い砂浜の波打ち際で、真白い衣を着て兄とふたりで、父の骨のひとつひとつを白布で洗い清め、積みあげた薪にて荼毘に付す[改葬の儀]の景色は、2〜3年前[夢]に見た、そのままの景色を行なったのだった。[夢]から目が覚めた時、なぜかその夢をはっきりと覚えていて、直感で父の[導き]と感じ、兄と二人の白装束の上下と白足袋、洗骨の用具、薪の数などを枕元でメモ書きしたのである。
ワタシは父の[魂]に導かれ、この10年を[魂]と共に生きたことを実感をもって理解している。
いまでもそのことを想うと 胸奥と目頭が熱くなる。 感謝
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