小雪の中、母を想う
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作成日時 : 2008/02/13 22:22
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道草楽描〜そのその33[海風〜其の五]
ガジュマル●その昔、奄美の村々には、神への拝み所・ウガンジョが集落の中心にあり、その広場にはかならず神の宿る木としてガジュマルの巨木が在していた。その生命力溢れる荘厳な姿に人々は畏敬の念を抱き、日々の暮らしは、いつもそのような多くの神々と共に営まれていた。神の宿る樹は嵐に枝を落とすことはあっても、人の手で枝を切ることは禁じられていたという。今年79の歳を重ねる母曰く、「カアちゃんがこどもの時から、このガジュマルの木は、この大きさだったヨ」と。一番下の太い枝は、地面からの高さが2mを超える。樹に立て掛けてある端の赤くぬられた2mの棒/用心棒は、毒蛇ハブを撃退するため、ハブが出そうな村々のいたる所に備え付けられている。〜奄美大島南部・加計呂麻/西阿室(かけろま/にしあむろ)「里」の推定樹齢400〜500年のガジュマル
信州の山里に小雪が静かに降っている。
昼下がりの食事をとりに、近くの蕎麦屋に出向いた。
ざる蕎麦を注文したあと、ひとり窓の外の雪景色を眺めていた。
そんな中、ワタシのうしろの席にいる、歳の頃80前後のおばあちゃんと、55〜60歳くらいの息子夫婦3人の会話が聞こえてきた。
「わたしは、老人ホームには入りたくないよ」と年老いた母がつぶやく。
「おばあちゃん、昔の老人ホームとは全然違うよ。[ケア・センター]といってなんでも揃っているんだよ。お医者さんも2週間に一回、定期検診に来るし、食事だって栄養を考えた専門の人が三度三度用意してくれるんだよ。」と嫁がなだめる。
「わたしはまだ自分のことは自分で出来るし、大勢の人と暮らすのはイヤだよ。死ぬときは自分の家で死にたいよ。」
「そんなこと言わないで。人がいっぱいの大部屋じゃなくて、一人用の個室もあるんだよ[ケア・センター]には。」
「……家にいたいよ……。」
「……とりあえず見るだけでも、行ってこようよ。」
「…………。」
こんな酷なことをすべて妻に話させるダメ息子は最後まで一言も口を開かない。
食事を終えた3人は駐車場へと出向く。小雪降る中、年老いた母を思いやるでもなく、ダメ息子夫婦は母を置き去りにしたまま小走りに車へと向かう。遅れて歩く、杖つく母の足取りは重く、毛糸の帽子と小さな肩に小雪がしずかに降り積もる。
25年前に見た映画『楢山節考・ならやまぶしこう』を想い出していたワタシは、こころのなかで、その杖つく母にそ〜っと傘をさす自分を想い描いていた。
「老い」のとらえかたは人それぞれである。
スケッチという遊びをとおして、小さな木の実から若葉に始まり、命満る若樹、蒼木、老木、そしてふたたび土へと還る老齢極まる古木など、数多くの樹木を観てきた。
人の老いと樹木の老いを重ねて想うとき、尊厳なる畏敬の念こそあれ〜いのちや、かたちある全ての老いたるものを、こころから敬い尊ぶべきこと也〜と想うのだが。
母に幸あれ!
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